化学で結晶場理論を学ぶと軌道を表す記号でt2gとegが出てきます。

あれはいったい何だったのでしょうか。

調べてみても群論について知らないと理解できず、群論を理解するには専門用語と数学が必要でなかなか手が出ません。

そこで今回はなるべく簡単にt2gとegを説明しました。


t2gとegとは

結論としてはt2gとegは点群Ohの既約表現です。

意味わかりませんよね。
簡単に言うと、
分子軌道の対称性を表している記号ということです。

しかしそれでは味気ないですよね。
難しいので少しずつ順を追って説明していきます。


結晶場理論とは

遷移金属錯体では、金属に配位子が配位することで縮重している金属のd軌道の準位が分裂する。

配位子を点電荷とみなし、d軌道と配位子の反発によって不安定化して分裂するとしたものが結晶場理論であり、この分裂を結晶場分裂という。


簡単にいうと、

金属に非金属がくっついて電子同士の反発でエネルギーが変化したってことです。


金属のd軌道と配位子の軌道の重なりの大きいほど不安定化も大きく高エネルギーになります。

d軌道はt2g軌道とeg軌道があり、八面体型錯体ではeg軌道が配位子がくっつく軸上に分布するため反発が大きく、分裂すると高準位側に位置するのでした。


このようにt2gとegは、結晶場分裂における不安定化の度合いが異なる軌道の分類として登場してきました。


点群

点群とは分子の形に対応した対称操作の群の名前のことです。

対称操作というのは、動かしても元の形と同じになる空間操作のことです。

群というのは集まりのことで、対称操作の群とは対称操作の集まりのことです。

厳密な群の定義は後で説明します。

水H2O

例えば、水H2Oは「く」の字の形をしていますが、Oをつまんでコマのように180度回転させれば同じ形になります。



この操作は回転操作といい、360/n度回転させるとき記号でCnと表します。

180度回転して同じ形になるため360/2=180より水の場合はC2となり、これを2回回転対称と言います。

また、Oと2つのHの真ん中を通る直線上に鏡を置いても同じ形に見えます。




これを鏡映操作といい、記号でσvと表します。

水分子すべての原子を通る面でも鏡映できるため、先の記号と区別してσv'と表します。

また何もしないことも操作とみなして記号Eで表します。


このように分子に対して行える対称操作のことを対称要素といいます。

水の対称要素をC2vという名前でまとめられ、

C2v={E,C2,σv,σv'}

となります。

このC2vは、2回回転対称C2と鏡映対称σvのvを合わせたもので、点群の1つとなります。


Oh

C2vと同じようにOhも点群の一つです。
Ohは立方体と正八面体における対称操作の集まりの名前です。
錯体[AlF6]^3-などがこの点群に当てはまります。

Ohは水分子と同様の回転や鏡映以外にも、180度回転して鏡映する反転i、回転して回転軸に垂直に鏡映するSnなどの対称性をもっており、
Oh={E 8C3 6C2 6C4 3C2 i 6S4 8S6 3σh 6σd}
と表されます。
難しいのですべての対称操作の説明は省きます。
こんなの覚える必要ないし覚えられぬ。。

点群を行列で表そう

水の例では、Oをつまんで180度回転や2つのHを二等分する位置に鏡を置くなどの説明をしました。
しかしこれではもっと複雑な分子のときに対応できないですよね。
また言葉よりも数字で説明できた方が正確です。
そこで点群を行列で表してみようと思います。

また水を例に考えてみます。
まず水分子のOを中心にXYZ軸をとってみます。
ここでe1,e2,e3はそれぞれX,Y,Z軸の単位ベクトルです。

水は点群のC2v={E,C2,σv,σv'}に分類されるのでした。
この単位ベクトルにZ軸を回転軸として180度回転させるC2の操作を行ってみると、
C2e1=-e1
C2e2=-e2
C2e3=e3
となります。
これを行列で表すと、

この対称操作の部分をD(C2)という行列で表すとすれば、
となります。
同様にして他の対称操作も行列に直していくと
このようになります。
このように対称操作と行列が1対1で対応していることを同型表現と言います。

※この対称操作の行列はXYZ軸の取り方で変わってくることに注意してください。

これで一応点群C2vを4つの3次元行列で表すことができました。
しかしまだt2gなどの記号が出てきませんし、3次元行列では書くのが大変です。
これらを解決するには群を理解する必要があります。

群の定義

点群のところでは群はモノの集まりという説明をしました。
この集まりを構成する1つ1つをと言います。
ここではもっと厳密に説明します。

群とは、積が定義された集合で結合法則、単位元の存在、逆元の存在の3条件を満たすもののことを言う。

結合法則:
集合Gの元a,b,cにおいて以下が成り立つ。
(ab)c=a(bc)
単位元の存在:
集合Gのすべての元aに対して以下のような特別な元(単位元)が存在する。
ae=ea=a
逆元の存在:
集合Gの任意の元aに対して以下を満たす元xが存在する。
ax=xa=e
積:
積には乗算と加算がある。
    乗算:
        集合Gの元a,bの乗算abが集合Gの元となる。
    加算:
        集合Gの元a,bの加算a+bが集合Gの元となる。

また元はすべて異なる。

定義はこんな感じです。
要するに群とは条件をもった集合ってことです。

積が掛け算という意味ではなく、群における特別な演算っていうのもポイントです。

群の行列表現

群は先の条件を満たしていれば行列を元とすることができます。
点群の元は先の条件を満たしているので、点群は対称操作を元とした群となります。

先ほどの水の点群C2vの行列をΓという文字でまとめれば
Γ={D(E),D(C2),D(σv),D(σv')}
となります。

このΓは群の条件の積の定義と同じように、行列の積がまた群に含まれます。
このようなΓを群の行列表現またはたんに表現といいます。

対称操作を行列で表し、それらをD()の記号で表し、それらをさらにΓという記号でまとめただけです。
わざわざ点群を群の行列表現というものでまとめましたが、これによって最初の説明の既約表現というものに近づくことができます。

直和表現

対称操作の行列は分子に対するXYZ軸の取り方によっていろいろ変わってくるのでした。
そのため得られた3次元行列はその中の1つに過ぎません。
ではどうしたらもっと一般的に表すことができるでしょうか。

忘れていると思うので、もう一回水が当てはまる点群C2vの対称操作を行列にしたものを見てみましょう。
これより群の表現行列Γは中身を具体的に書けば
となります。
これを1行目、2行目、3行目に分けて考えてみましょう。
一行目の0以外の数字をまとめるとD(E)~D(σv')の値は
{1,-1,1,-1}
となっています。
二行目三行目も同様に
{1,-1,-1,1}
{1,1,1,1}
となっています。
すなわちこの表現行列Γは、これらの一次元行列を対角的に組み合わせたものと考えられます。
このように行列を対角的に組み合わせる演算直和と言い、記号⊕で表します。
さっきの一次元行列にそれぞれ
A1={1,1,1,1}
B1={1,-1,1,-1}
B2={1,-1,-1,1}
と名前を付けると、群の表現行列Γは
Γ=B1⊕B2⊕A1
と表すことができます。

既約表現

先ほどは行列を分解してΓを表しました。
このときD(E)は成分に1しか持たないため「1」に対応していますが、「1」では4つのD()のどれに対応しているかわかりません。
このように1:1でなく、1対多の対応の表現を準同型表現と言います。

先ほどのA1とかの記号にA2というのを加えて以下にまとめてみました。
A1={1,1,1,1}
A2={1,1,-1,-1}
B1={1,-1,1,-1}
B2={1,-1,-1,1}
このA1,A2,B1,B2を既約表現と言います。
既約表現とはそれ以上分解できない表現のことです。

ここで出てきたA2は、D()を他の表現で表したときに用いられます。
対称操作の行列は基底の取り方で変わってくることを説明しました。
今回は単位ベクトルを基底として対称操作の行列を求めましたが、これは数ある行列表現の1つということです。

表現を分解することを簡約といい、表現行列を直和(⊕)という演算で表せるかで既約表現かどうか判断できます。
まだ分解できる表現を可約表現と言います。

先ほどのD()は簡約表現で、それを簡約してA1などの表現が得られたということです。

A1は必ずすべての元に1を対応させる恒等表現というものになります。

このA1とかB2とかの記号の付け方は、化学や物理で有名なマリケン(Mulliken)という人が決めたそうです。

水に対応する点群C2vの場合は簡単に既約表現を求められましたが、もっと複雑な分子の場合は簡約するのが難しいです。
その場合には、大直交性定理という定理からユニタリー行列というものを用いると求められるそうです。


指標表

既約表現と対称操作に対応する数字を表としてまとめたものを指標表と言います。
先ほどのC2vを表にすると、


これはさらに簡単に書くことができます。
対称操作に対応する行列の対角成分の和を跡(トレース)といい、この跡の値が一致する表現は同値表現とみなすことができます。
またこの行列の跡は、群論の表現論では特に指標と呼ばれます。

D(σv)とD(σv')の跡はともに1であり一致します。
これはどちらも鏡映操作であり、鏡映面が異なるだけの同じ操作だからです。

同値な表現をまとめた指標表は以下のようになります。

t2gとegとは

めちゃくちゃ遠回りして説明しましたが、ここでやっとt2gとegを理解できます。
今までC2vについて考えてきましたが、Ohについて同様に考えて指標表を作ると以下のようになります。


t2gとegがOhの既約表現として登場しています!
この既約表現の記号はマリケンが決めたものですが、どのような意味があるのでしょうか。


T:3次元行列の既約表現
E:2次元行列の既約表現
2:TとEの添数字は区別のための番号
g:反転操作iの指標が正ならg(ドイツ語のgerade)、負ならu(ungerade)。
 すなわち反転対称ならg、そうでないならu

という意味です。
説明に出てきたA、Bはともに一次元行列の既約表現で
A:主回転軸の回転Cnの指標が+1のとき
B:主回転軸の回転Cnの指標が-1のとき
となります。

添え字

d軌道は図にすると以下のようになります。

DorbitL.png

t2g軌道はdxy,dyz,dzxで、eg軌道はdz^2,dx^2-y^2です。

このdの右下につく添え字は何を意味しているでしょうか。


これは対称行列を求めるときの基底を表しています。

今回は水分子を直交するXYZ軸の単位ベクトルを基底として、対称操作の行列を求めました。

異なる基底を用いれば異なる対称操作の行列が得られます。


t2gは基底を(xy,yz,zx)として対称操作の行列を求め、簡約して求められた既約表現のためにd軌道の添え字にxy,yz,zxがついているということです。

egも同様に(2z^2-x^2-y^2, x^2-y^2)を基底として求められました。

そのため2z^2-x^2-y^2の最初の項2z^2からz^2をとってdz^2、もうひとつはそのままdx^2-y^2と表記されているということです。

このサイトには指標表がまとまっています。

Ohの指標表を見てみると、指標表の右側に基底が書いてあります。

基底が2列ありますが、これは一次と回転、二次と基底の種類によって分かれているようです。


てかxyが基底ってどゆことって思ってGeOGebraというサイトで三次元のグラフを書いてみました。


これが関数a(x,y)=xyだそうです。

意味わかりませんね。


まとめ

まとめると、
結晶場理論の説明に出てくるt2gとegは、八面体錯体における金属のd軌道の対称性を点群Ohとして表すときの対称操作を行列で表し、マリケンにより一般化されて命名された既約表現である。

簡単に言えば、
対称性を行列として表してそれをさらに記号で分類したものです。

いろいろ省いていますが自分の理解できる範囲内でまとめました。
間違っていたらコメントをお願いします。

群論に限らず数学ってめちゃくちゃ記号を使いますよね。
そのおかげでシンプルな式になるのですが、最初に用いた概念が記号で何重にも置き換えられてどこで出てきたか忘れるっていう。。
数学に限らず学問は専門用語で何重にも置き換えられるのでなかなか難しいですが、頑張っていきたいです。

参考: